GOOD FOOD MARKET at 調布駅前広場

・・・に持っていく本です♫

いよいよ明日からはじまります「GOOD FOOD MARKET」 at 調布駅前広場。
古書モダン・クラシックが持って行く古本の中からいくつかピックアップしてみました。イベントのテーマに合わせ、今年も「食」にまつわる実用書やエッセイをいろいろ並べます。他にも、雑誌や絵本などもたっぷりご用意しておりますよ。
お楽しみに!!

古本街道をゆく四「福島・古書てんとうふ」

古書てんとうふさんが、今年の四月一杯で郡山の店を閉店されたそうだ。『日本古書通信』最新号の、岡崎武志さんの連載を読んで知った。

私が『日本古書通信』の取材で、福島は郡山のてんとうふさんを伺ったのは二〇十二年九月のこと。東日本大震災の翌年だったから、話の中心は当然「あの日」のことだった。地震で本棚がすべて崩れ落ち、本を片付けるのに丸二ヶ月かかったこと。店の前に乗り捨てられた車が、一ヶ月そのまま放置されていたこと。ライフラインが止まるなか、原発事故に関する様々な噂が町を駆け巡り、店を続けるかどうか真剣に悩んだことなど。取材メモが手元にないのでうろ覚えだが、「あの日」の話を伺いながら、その臨場感に鳥肌が立ったことを今でも覚えている。

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古書てんとうふ本店の熊谷鶴三さん

だが私がてんとうふさんの話で一番心に残っているのは、大震災絡みの話ではなく、店主の熊谷さんが語った「古本屋の引き際」についてであった。

私は今年で四十二にもなるが、古本屋としての私は青春真っ只中だと思っている。やりたい事もたくさんあるし、ようやく古本屋の仕事の面白さに目覚めたばかりなので、当然引き際については考えてない。
だが『日本古書通信』の取材で、特にこの道何十年のベテラン古書店さんを伺うと、しばしば「古本屋の引き際」についての話が出る。ある老舗古書店さんは、時代は古本屋に不利だし、子供たちもみな就職したから、「古本屋は俺限りで終わりだよ」と明るく語った。またある店主さんは、突然廃業した同業者(とその家族)の顛末を語り、「古本屋の最期は大変だよ」と私に諭した。別の古本屋さんは、息子の進路がまだ定まってないため、今の在庫をどうするか迷っている、と語り、こう続けた。
「跡取りがいるのと、いないのとでは、古本屋の引き際は大きく変わる。いないのであれば、こんなにたくさん在庫は必要ない。死んで売っても、大した金にはならんからね。でももし跡取りがいれば、いつでも引き継げるように在庫を維持していかなきゃならない。悩ましい所だよ」と。

てんとうふの店主の熊谷さんは、お見受けした所、ビジネスマンタイプのやり手の古書店主に思えた。震災まで、郡山で本店と支店を経営し、従業員も多数雇ってバリバリやっていた。おそらく、あの東日本大震災がなければ、そのまま二つのお店を切り盛りし続けていたのではないか。
私が取材に伺ったのは、丁度てんとうふさんが支店を閉じた後であった。店を本店に絞ったことで、初めて自分のための時間ができた、と語っていた。趣味の登山で、数ヶ月前カラコルム山脈を登頂したことを嬉々として語り、「以前の私なら、山登りのために一ヶ月も店を休むなんて考えられなかった」と笑っていた。
郡山のヤリ手古書店主として二十七年走り続けてきた熊谷さんは、震災を機に自分の人生を見直し、その後変化した自分を楽しんでいる、そんな印象を私は受けた。取材中の熊谷さんはイイ感じだった。

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古書てんとうふ本店の二階

岡崎さんの文章によると、今後は倉庫がある自宅で、不定期だがお店を続けると言う。ホームページにも「福島県郡山市安積町荒井字柴宮29-7」で七月一日より移転オープンしますと書いてある。
震災から四年。これが熊谷さんが決断した、古書てんとうふの「古本屋の引き際」なのだろう。今後は自宅でのんびり古本屋をやり、そして時々訪れるお客さんに、趣味の山登りの話をするのだろう。
もう一度、今度は自宅の「古書てんとうふ」さんを取材で伺いたい。どんなイイ話が聞けるか、今から楽しみだ。
最後に、『日本古書通信』二〇十二年十月号の私の連載で書いた、てんとうふさんの文章を転載しておく。

「古書てんとうふ本店」

二〇十一年三月十一日、店内で作業中だった店主の熊谷鶴三氏は、かつてない揺れを感じた。「死ぬかと思った」。一階と二階の本はすべて崩れ落ち、腰まで本に浸かる有様だったという。その瞬間から街は、あらゆるライフラインが止まる非常事態に突入した。さらに、福島の原発事故にまつわる様々な噂が街を飛び交った。店を閉め、スタッフと店内を片付けながら、「店を続けるべきか、避難すべきか」ひたすら考え続けたという。店主の熊谷氏は、岩手県のご出身。東京・赤羽の紅谷書店で働いた後、昭和五十九年に福島の郡山で古書てんとうふを開業した。十年後には支店を開業し、以後十七年間、幾度か移転をしながら二店舗体制で店を続けてきた。最近は不況で苦戦を強いられる中、それでも震災前の数年は上向きになっていた。だが「震災で一つの時代が終わった」と店主は語る。結局、店は続けることにした。「私ももう五十過ぎ。放射能の影響を受けても、十年後、二十年後はお爺さん。関係ない」。だが、支店は閉じた。現在は池ノ台の本店のみだが、それもかえって良かったそうだ。「今までは商売に忙しかったが、古本屋を楽しむ余裕ができた」。今年七月には、日本山岳会福島支部のカラコルム山脈の登山にも参加した。「昔だったら、一ヶ月半も店を空けるなんてあり得なかった」と店主は笑う。「敗戦から見事な登頂を果たした今こそ、実り多き『下山』を思い描くべきではないか」。話を伺いながら、私は五木寛之氏の『下山の思想』の一節を思い出していた。
(『日本古書通信』二〇十二年十月号より)

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二年前に行った、立ち入り禁止区域の福島県双葉郡富岡町の様子。

◾︎ 古本街道をゆく一「長崎・大正堂書店」
◾︎ 古本街道をゆく二「長崎・ふるほん太郎舎(前編)」
◾︎ 古本街道をゆく三「長崎・ふるほん太郎舎(後編)」

サザエさんの東京物語

サザエさんの東京物語
長谷川洋子 著 / 文春文庫

写真の文庫本は、長谷川町子先生の妹さんが書かれたエッセイです。以前から気になっていた本で、「本とコーヒー tegamisha」で購入したものです。
長谷川町子先生関連の本はこれまでたくさん読みました。妹さんのエッセイには仲の良かった長谷川家の三人姉妹が晩年に仲たがいする過程が記されているということを事前に知り、長谷川家ファンとしては読むのを躊躇してしまっていました。しかし、長谷川町子先生はあまり公には出てこられない方だったので、ご家族の方からこうして先生のいろいろなエピソードをお聞きすることができて楽しく読むことができました。

会社勤めをしていた頃、長谷川町子全集が出版されることになり毎月2冊ずつ配達してくれるという情報を得て、毎月会社へ届けてもらっていたことがあります。
漫画で読むのと、子どもの頃からテレビで観ていたサザエさんとは少し違いました。サザエさんがときどきパートのようなことをしていたり(頼まれて服を仕立てたり、家政婦をやってみるがホームシックにかかりたった一日で辞めてしまう)、意外だったのがカツオ君よりワカメちゃんの方が抜け目がなくしたたかだったこと(と、自分は感じました)。でも自分は、漫画の方が断然好きです。

年末には正月用の餅を餅屋さんに頼みに行ったり、大晦日にはサザエさんとフネさんがバタバタと大掃除やおせち作りに追われ、子どもたちはお風呂に入りポカポカになって(カツオ君の頭から湯気が出ていた)紅白歌合戦を家族みんなで楽しみ、年越しそばを食べるなど、サザエさんには年中行事が必ず織り込まれているのがまた良いところです。

先日、桜新町駅近くまで行きました。久しぶりに長谷川町子美術館に立ち寄りたくなりましたが、時間がなくあきらめました。以前は何度か訪れ、当時1階は長谷川町子先生が収集された絵画作品が展示されていて、2階がサザエさんのスペースでした。あれからもう何年も経つので、いまはどうなっているのかはわかりません。磯野家の家屋の模型図があり上から見ることができるので、それまで謎だった間取り図があきらかになり、すっきりしました。

長谷川町子全集は、サザエさんの他に「仲良し手帖」「似たもの一家」「新やじきた道中記」など、どの作品も本当に楽しいものばかりで、おすすめです。

わたしの暮らしのヒント集

暮しの手帖が発行している「わたしの暮らしのヒント集」という雑誌。先日のブログでも書きましたが、古本の値付けをしている最中に思わず読みふけってしまう本や雑誌というのがありまして、この雑誌もそういった中の一冊でした。ただ違うのは、気に入りすぎて自分の所有物にしてしまったことです。

医師・絵本作家・料理人・家具職人など、様々な職業を持つ30代から80代までの6世代に渡る男女15人の、時を経ていくつもの積み重ねていった経験から生まれ出た暮らしの知恵が掲載されています。気に入った理由というのは、経験者の〝生の言葉〝が美しかったからです。

いつか誰かに花を贈るとき、このお店で花を包んでもらいたいなと思っていたフラワーデザイナー高橋郁代さんの〝常識にとらわれたら、本当に美しいものも、見逃してしまうと思います。〝という言葉。仕入れで地方の花農家を訪れるとき、色が黒っぽくなったりして一般的には売り物にはならず捨てられてしまうような花。しかし、〝自分の目で見て美しいかどうか〝が重要な高橋さんは、そうして偶然の色や形によって生まれた〝規格外〝の花にも美しさを見出します。
この言葉は、古書を扱う仕事を持つわたしにとっても、こうした感性は大切にしていかなければ、と改めて思いました。

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堀井和子さん宅のテーブル。ミルクティー色のテーブルクロスがかわいいです。
暮しの手帖2011年6-7月号掲載の「私のテーブルクロス」というコーナーでこのクロスが紹介されていました。
京都の雑貨店で購入したスウェーデンの布だそうです。
「堀井和子さんの一日の過ごし方」と題したタイムスケジュールが載っているのですが、プライベートと仕事の配分がきちんとしていて無駄がなく、読むと背筋がぴしっとなります。