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いわさきちひろとヒゲタしょうゆ

私は、いわさきちひろさんの絵が大好きで、練馬のいわさきちひろ美術館に何度か足を運びました。はじめて行ったのは、まだ改装前の頃で、2階へ上がる階段の踊り場に展示されていた数点の白黒のヒゲタしょうゆの広告を見て、幼い頃どこかで見たような懐かしい母と子の姿に強く心を奪われました。その後リニューアルされた練馬の美術館に行ったときには、あのとき見たヒゲタしょうゆの広告はありませんでした。

IMG_9509私の生まれ故郷である銚子には、ヤマサやヒゲタなどの醤油工場があり、工場見学ができるようになっています。銚子にあるヒゲタしょうゆの史料館には、私が見たものと同じ作品ではありませんが、いわさきちひろさんの手がけられた広告が数点展示されています。

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IMG_9521実家の本棚にある「いわさきちひろ作品集 7 詩・エッセイ・日記ほか」(1977年初版)。いまから10年以上前に購入したものです。となりにある卓上しょうゆは、工場見学をする際に頂けるもの。
この作品集には、ヒゲタしょうゆの広告だけでなく、いろいろな企業のポスターやパンフレットなどの作品が多数おさめられています。
ヒゲタしょうゆの仕事は、新聞広告・ポスター・紙袋など、昭和27年から昭和48年までの約20年に渡って続けられ、初期の頃の経済的に苦しい時代の貴重な収入源になっていたそうです。エッセイなども含め、いわさきちひろさんの本についてはたくさん読んだので、どの本だったかは覚えていませんが、このことについては、本人の言葉で書かれていたのを読んだ記憶があります。

政治家の夫、そして一家の生計をも支えるため、生まれて間もない息子を信州の父母に預け、絵を描き続ける日々。生活のため子と離れて暮らす中、溢れ出る母乳を我が子に与えることができないちひろさんは、近所に住む赤ちゃんに飲ませていたそうです。その赤ちゃんとは三宅裕司さんであり、信州の祖父母の家に預けられていた息子さんは、ヤギの乳で育ったというのを本で読みました。

IMG_9486 IMG_9485香ばしく網で焼かれた秋刀魚が美味しそうです。これに醤油をたらりと。ご飯がすすみそうな広告。

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この丼で天丼を食べてみたいと思いました。薄い緑と紫のクローバー柄のコーヒーカップとソーサーがかわいい。

IMG_9498贈答用の醤油缶。色とりどりのバラ模様の缶がレトロです。
ヒゲタしょうゆ史料館には、いわさきちひろさんのポスターの他、新聞広告、古いしょうゆ瓶やおそらく当時何かで配布されたと見られる商品(紙風船・鉛筆・丼・コーヒーカップなど)、醤油を製造するための道具などが展示されています。工場見学は無料です。

古本への旅 ①『中島のてっちゃ』あんばいこう

これまでこのブログで、「古本街道をゆく」という連載を四回ほど書いた(今後も続く)。そして今また新しい連載を始めたい。「古本街道をゆく」は、私が『日本古書通信』の取材で赴いた、様々な古書店を通してみた各地のフィールドワークであった。そして今回始める連載「古本への旅」は、ズバリ「一冊の古本」がテーマである。

私は古本屋である前に、一介の本好きである。だから「イイ本との出会い」に勝る人生の喜びはない。私が初めて「古本と出会った」のは二十代前半のことだった。芸術家が、自ら作るひとつひとつの作品によって前進し、芸術を深めて行くように、私も一冊一冊の古本との出会いを通してここまで来た。これからもそうだろう。古本屋になると、「通過する本」は増えても、「本との出会い」は意外と少ない。そしてあらゆる出会いと同じく、「本との出会い」もまた人間的なものだ。出会った当時の心境、読んだ時の感動や紹介してくれた人との関わり、その本を作った人の話など、私がこれまで出会ったイイ本には様々なエピソードが詰まっている。この「古本への旅」では、そんな「一冊の古本」に纏わる物語を紹介していきたい。

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『中島てっちゃ』チープな横尾忠則風な装丁もインパクト大。

『中島のてっちゃ』あんばいこう(無明舎、1976)

日本古書通信(以下古通)』の取材で地方に行くと、当然知っているものとして、私の知らない作家の名前を出される事がままある。その地方では有名でも、全国的な知名度はさほどでもない作家などだ。例えば取材で道東(北海道の東部)に行った時、更科源蔵の名前を何度か聞いた。あるいは長崎で取材した時、幾つかの古書店が野呂邦暢に関するエピソードを語ったが、私はその名を知らなかった(恥ずかしい)。そんな感じで岩手に行ったとき、さも知ってて当然という風に「あんばいこう」の名を出す古書店が多かった。
私があんばいこう氏の名を初めて聞いたのは、三年ほど前、岩手の浅沼古書店さんを取材した時だ。
浅沼古書店の店主の浅沼剛氏は、この道三十年以上のベテランで、東京の大学を中退後、地元岩手で地方新聞の記者をやったり、月刊誌『地方公論』の編集長をやったりした後、古書店を開業した異色の経歴の持ち主だ。そして『地方公論』の編集長だった浅沼氏に、古本屋になることを勧めたのが、あんばいこう氏である。
取材中、私があんばいこうを知らない、と言うと、ちょっと呆れた表情で浅沼さんが店の棚から出してくれたのが、今回紹介する『中島のてっちゃ』という本である。

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あとがきの著者(あんばいこう)近影

あんばいこう・昭和二十四年秋田県湯沢市に生まれる。秋田大学を中途で退学。様々な模索を続けて、四年前、古本屋、学習塾、企画室、装飾の下請けを業とする「無明舎」を主宰し、現在に至る。陽の当らない底辺に視点をすえ、満を持して年来の願望であった出版活動を始動させた。「地方」の枠にとらわれない伸びやかな出版活動をめざし、続けて刊行予定の本の企画、編集に全勢力を注いで行動している。(あとがきより)

その後あんばいこう氏及び無明舎は、地方出版の雄として、現在まで千二百冊以上の秋田や東北に根ざした本を刊行している。そのあんばい氏の処女作であり、無明舎の初の出版物がこの『中島のてっちゃ』だ。

これは、「中島のてっちゃ」と呼ばれた男の半生のドキュメントである。
常人より知能が低く、社会の生産に役立たないことによって底辺に生き、「河原者」という意味でしか「芸人」でなかったこの男は、半生の大部分を野外に寝泊まりし、街頭や歓楽街を尺八で門付けしながら、人々に蔑まれ、追い回され、しかも、愛された。
寵愛と暴力的仕打ちを交互に受けながら、ひたすら生活の糧を得るために秋田の街と陽の当らぬ昭和史の裏道を歩み続けた。
その半生は、富や地位とは無縁であったが、「市長の名を知らずとも、中島のてっちゃの名を知らぬものは秋田市民にあらず」の一言を残し、人々の郷愁の中に生き続けている。(前書きより)

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盛岡の浅沼古書店

浅沼古書店さんで早速この本を購入し、私は盛岡の宿に帰って一気に読んだ。久しぶりに「イイ古本」に出会ったと感動した。内容は高橋竹山の名著『津軽三味線ひとり旅』を彷彿とさせるもの。盲目であった竹山と同じく、知的障害のあった中島のてっちゃも尺八で門付けをして口を糊した。著者も語るように、これは陽の当らない昭和の裏面史、あるいは古くは室町から続く「門付け」という芸能の裏道をも記した一流のドキュメンタリーである。また、後に活躍する人物の処女作に特有な、一種デモーニッシュな迫力をこの本は備えている。例えばコリン・ウィルソンの『アウトサイダー』や三島由紀夫の『仮面の告白』のような、単なる文字の羅列を超えた力(迫力)が読むものを捉えて離さない。批評家でなくとも、この本の著者・あんばいこうが、秋田という雪国の地方都市の底辺で、笑いや蔑み、ときに暴力に身を晒しながらしぶとく生きるてっちゃの姿に、自分自身の内面的な何事かを重ね合わせていることは分かる。『中島のてっちゃ』は、あんばいこうの処女作でなければならなかった。そして中島のてっちゃは、あんばいこうの反転したヒーロー像として描かれている気がした。この本が、地方出版としては奇跡的な、一万部も売れたというのも納得できる。

あんばいこうの『中島のてっちゃ』。いろいろな出会いによって私の手元に来た一冊の古本。私のお気にいりの一冊として、売らずに私の書架に収まっている。

◼︎ 「中島のてっちゃのあるいた路」HARMLESS UNTRUTHS
◼︎ 「葬儀で罵倒された経験ってありますか?」んだんだ通信・無明舎

わたし時間の楽しみ方

クニエダヤスエさんのエッセイは、20代の頃から大好きで、よく読んでいました。クニエダヤスエさんの文章には、心と体を癒してくれる不思議な力があるように感じています。今思えば、休日も少なく精神的にハードな仕事をしていた当時、本を開くと心が軽くなって、また前向きに頑張れたのかもしれません。

つい最近、古本で購入した「クニエダヤスエのすてきなひとり暮らし」という本。〝わたし時間の楽しみ方〟というサブタイトルがいかにもクニエダさんらしい表現で、とても気に入りました。
帽子デザイナー、テーブルコーディネーター、エッセイストとして仕事を持ちながら、家事もしっかりこなし、忙しいながらも自分らしく暮らしを楽しむクニエダヤスエさんの生き方は、いつもお手本とするところです。

この本には、毎朝お湯を沸かしポットにたっぷりのアッサムの紅茶を淹れて飲むレモンティーのこと、ひとりの食事でもきちんと準備すること、季節の花を家の中に取り入れ楽しむこと、顔を洗ったり食事をするのと同じように手紙を書くこと、誰かに贈り物をするときは自分らしく工夫して手作りで、眠る前のひとときを大事にする、など〝クニエダ流・お気に入り時間の過ごし方〟がおさめられています。

40年以上も前にスウェーデンで購入された古くなってほつれたランドリー袋に当て布を縫い付け大切に使い続けたり、布のはぎれで小物袋やクッションカバーを作ったり、読んでいたら久しぶりに私も縫い物をしたくなりました。
20歳を過ぎた頃、友人や会社の先輩の影響で洋裁をはじめました。服飾雑誌「so-en」や「ジュニア・スタイル」を愛読するようになり、好きな生地を見つけては洋服を作ったりしていました。昔からある古い手芸店でいろいろな毛糸を選んでもらい、so-enに載っていた薔薇の花模様を編み込んだ複雑なセーターも編みました。
こうして若い頃は、仕事の合間に洋裁や編み物をしたり、クニエダヤスエさんが本の中で紹介されていたティーカップに似たものを探して自分も使ってみたり、他にもいろいろ日々の楽しみを見つけて過ごしていましたが、ここ数年はそうした時間を持つことを忘れてしまっていたように思います。

6月に入りました。
毎日があっという間に過ぎていきますが、一日のうちのほんのわずかな時間でもささやかな〝わたし時間〟を作りたいと思っています。

6月の計画大発表!

古本屋にとって春と秋はイベント・シーズン。鹿沼のカフェフェス東京蚤の市GOOD FOOD MARKETと大きな合戦(イベント)こなし、古書モダン・クラシックの「春の陣」を終えほっと一息。とは言え、「秋の陣」まで約三か月。長いようで短いのが三か月。今年こそは「直前テンパりコース」を回避するため、古本屋として充実した三か月を過ごしたい。
というわけで、誰に求められてるわけではないけれど、勝手に古書モダン・クラシックの「6月大計画」を発表します!いつもながら計画だけは目白押しです。乞うご期待!

◼︎ 6/4〜6/8までカミさんの実家の銚子de骨休め。ブログの更新はやります。
◼︎ 6/8週より毎週金曜日にネットの新着本アップ。
◼︎ 男性向け、女性向け、それぞれ月に一回ずつ特集をやります。
◼︎ ロゴ、値札、ショップカード、看板などロゴ周りのデザインを一新
◼︎ 間に合えば古本の買取も開始します。
◼︎ カミさんが「本とコーヒーtegamisha」にて「季節の本棚」コーナーを作りたいそうです。
◼︎ 前々からやりたかった「手紙舎つつじヶ丘本店」の写真集充実計画に着手。

本日の「たかが古本、されど古本」はこんな所で。
それでは皆さんまた明日!