【3days Bookstore !? ①】それは「たいした本ないね」の一言から始まった

「古本イベントやんない?」

あの人は、いつもこんな感じで話を振ってくる。
何気ないキャッチボールのつもりでいると、いきなり150キロの豪速球が飛んでくる、そんな感じだ。
だから彼と話すときはいつも、リングに上がったボクサーのような心境になる。
この時もやはり、そうだった。

「やります!」
思わず即答した。それには、私なりの理由があった。それは前回の東京蚤の市でのこと・・・。

手紙社が主催する東京蚤の市は、私のような、夫婦でこぢんまりやっている古本屋にとって、とても大事なイベントだ。年2回、たった4日間のイベントだが、お客さんの数も、出店者さんのレベルも、私の知る限り最高ランクのイベントだからだ。だが12回目ともなると、どうしても出店者として「慣れ」が生じてくる。もちろん、ブースはカッコよく作らなきゃいけないし(うちのブースがカッコイイ訳ではない)、在庫も、他のどのイベントよりもたくさん用意する。だから手を抜くことはあり得ない。ただ何というか、昔に比べると、自分の中で勝手に「ゴール」を作って、それを埋める作業になってしまっていた。この自分でも意識しない「慣れ」を、あるお客さんの一言が粉砕してくれた。

「なんかたいした本ないよね」

自分のブースで店番をしてた時、耳に入った通りすがりのお客さんの言葉だ。しかも、別のお客さんから、もう一度同じ言葉を聞いた。ショック。
私は日頃から、ふと目に留まった語句や、耳にした印象的な言葉を、何か自分に対する重大なサイン/メッセージとして受け取る変な癖がある。
ただの聞き違えだったかもしれないし、昨夜の準備疲れからくる幻聴だったかもしれない。そんなことはどうでもよく、私の耳にそう聞こえた、その事実がメッセージだった。

東京蚤の市が終わった後、しばらくこのメッセージについて考えた。逡巡したり反発したりの後、コップ一杯にたまった水が、あるきっかけで零れ出すように、ここ数年の、古本屋として惰性でやってきた様々な自己の欠点が、ありありと見えてきた。
私が心の師と仰ぐ小林秀雄の言葉に次のようなものがある。

「自分の嗜好に従って人を評するのは容易な事だと、人はいう。然し、尺度に従って人を評することも等しく苦もない業である。常に生き生きとした嗜好を有し、常に溌剌たる尺度を持つという事だけが容易ではないのである。」『様々なる意匠』

さすが小林秀雄。いい事言うぜ。
このように、過去に読んだ本が、人生の節目節目で甦ってきて作用するのも、私の癖の一つだ。
そう。この古本業界に携わって17年目。あらゆることに「慣れ」が生じてしまい、小林先生の言う「生き生きとした、溌剌としたマインド」を、どこかに忘れてしまっていた。こうしちゃいられねぇ。何かをやらねば!!

・・・そこで、最初に戻る。

「大ちゃん、古本イベントやんない?」との言葉。

「やります!いや、ぜひやらしてください!!」

こうして、まだ名もなき古本イベント、後に「3days Bookstore」と名付けられ、7つの異なるジャンルを持つ古本屋が集うことになるプロジェクトが、動き始めたのであった。

神田の古書会館に置かれたフライヤー
dairo
古書モダン・クラシック店主 泥臭い古本担当。個人的な読書傾向はノンフィクション、歴史、哲学、昭和の純文学や写真集を好む。好きな作家は志賀直哉と小林秀雄とジョルジュ・バタイユ。古書店や取次書店での勤務を経て2007年古書モダン・クラシックをオープン。2011年より『日本古書通信』で「21世紀古書店の肖像」を連載。写真家としても地味に活動中▶︎http://www.dairokoga.com/

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